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【読書感想】『ゲゼル研究 シルビオ・ゲゼルと自然的経済秩序』

time 2015/07/11

ビットコインに関連して色々と貨幣論や地域通貨の歴史をあさっていたら面白い本と出合ったので紹介。相田愼一著『ゲゼル研究 シルビオ・ゲゼルと自然的経済秩序』だ。

これはシルビオ・ゲゼル(1862-1930)という「異端の経済学者」の本である。昔に読んだ『エンデの遺言』でもゲゼルは登場していたみたいで、すっかり覚えていなかったのだが、地域通貨の思想的源流の1人であり、「減価する貨幣」の提唱者だということだ。減価する貨幣というのは、持っていると自動的に価値が減っていく貨幣のことで、他人に貸すことで利子の付く通常の貨幣とは真逆の性質を持っている。ゲゼルは、利子が付くことこそが資本主義の本質であり、また欠陥なのだと考えていて、資本主義批判の文脈で減価する貨幣を考えた。一方で、マルクス主義に対しても批判を加え、集権主義的であることや、資本主義への批判が労働者対資本家の構図に限られ、金利を批判していないということを理由に挙げている。そのため、第二次大戦後の資本主義と共産主義の対決の中では忘れ去られ、異端の経済学として傍流に追いやられた。

減価する貨幣が必要とされるのは、通常の貨幣が腐ることがなく保存に向いているという性質にある。一方で商品は、食べ物が典型的なように、放っておくと腐ったり錆びたりして「減価」していく(倉庫の保管代がかさむこともある)。そうすると、供給者である生産者は、販売するタイミングをじっくり待つことができないのに対して、需要者である資本家は、自分にとって有利なタイミングを待つことができる。このような貨幣のもたらす需要者と供給者のアンバランスにより、歴史上常に一定の「基礎利子」というものが供給者には課されてきたのだとゲゼルは主張する。「基礎利子」といっても、取引の度に利子を実際に上乗せしたわけではなく、需要家にとって有利な取引(歴史的には4-5%だそうだ)が常に行われているという意味だ。そこでゲゼルはそのような中立的でない貨幣(アダム・スミスやマルクスは貨幣を中立的であると考えた)を改革するために、貨幣に対しても「減価」する性質を持たせよと主張したのだ。ゲゼルの資本主義批判は、「不労所得」を得る「貨幣権力」(投機家・高利貸し・金融家)に対して向けられており、マルクスとは違う形ではあるが「搾取なき経済」を目指した意味で、社会主義的である。

ゲゼルのアイディアは、彼の死の直後、オーストリアのヴェルグルという小さな町で地域通貨の取り組みとして実験され、失業対策に一定の成果を収める。しかしオーストリア政府により禁止されてしまう。ゲゼル自身は地域通貨としてではなく、あくまで国の通貨改革として提唱したのであり、法定通貨を減価するようにした実験は今に至るも行われたことがない。

ゲゼルは自分を「自由主義的社会主義」と規定しており、自由主義という意味では集権主義的なマルクス主義と対立し、社会主義という意味では資本主義と対立する彼の立場を表すものとして、非情に興味深い立ち位置だ。自由主義・資本主義のハイエクやフリードマンの立場から、分散・自立のビットコインの意義を探究できないかと思っていた僕にとっては、自由主義・社会主義という組み合わせは盲点であった。貨幣を改革することによって、中央集権的・強権的な支配なしに社会主義的な経済が実現できるかもしれないということは、暗号通貨のような新技術を応用することで新たな展開が可能となることを予感させる。また、再配分を重視するが自由主義的なベーシックインカムも、この構図の中だとうまく位置付けられると思っている。ゲゼルのアイディアの応用については、稿を改めて詳しく考察したい。

他にも、土地公有化を提唱したり、国家の漸進的な解体を提唱したりと(故にアナーキズムのマルクスとも称されていたようだ)、ユニークな経済思想家である。本書は減価する貨幣・基礎利子論が中心なので、詳しくは原著にあたってもっと内容を知りたいと思うが、土地公有化・国家解体論はそれぞれ次のようなコンセプトのようだ。

土地公有化は、土地の私的所有が権力と結びつき、平和を攪乱しているとして、すべての土地は共有されるべきとする。ただし、土地の私的「利用」を公的入札によって決めるので、どの土地を誰もが自由に利用してよいということではない。つまり、土地を利用しようとするものは、常に入札に要した費用以上の収益を上げなければならず、いたずらに広大な土地を囲い込んでも無駄だということになる。これは土地利用の経済効率を高める作用をもつから、結構有力な社会改革案なのではないかと思う。電波オークションに近しい発想とみることもできる。

続いて、国家の漸進的な解体であるが、元々、自由主義は個人の自由な活動の範囲を広く求める思想であるから、中央集権的な国家とは折り合いが悪く、アナーキズムと親和性がある。ただ、アナーキズムが一般にイメージされるのが「北斗の拳」の世界のようなものだとしたら、それは間違いであるし、ゲゼルの思想はそういうものではない。ゲゼルの貨幣改革と土地改革も共に、貨幣を発行・管理したり、土地の入札の管理やその収益を再配分したりする「国家的な役割」を必要としている理論だ。つまり、秩序が必要ないと言っているのではなく、「国家制度の民営化」論として理解されるべきものだということだ。ゲゼルは「アナーキズムに傾斜した自由主義者」として、あくまで自由主義の範疇にある。さらに言えば、ゲゼルの時代においては、貨幣を発行・管理する主体が不可欠であったが、現代においては暗号通貨を得たのであるから、構想のみにとどまっていた国家の民営化を推し進めていくことが可能となっているのではないだろうか。

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